作家略歴
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<1928〜1999>
パリに生まれたビュッフェは、1943年国立美術学校に入学するが、わずか数か月しか通学せず、ルーヴル美術館等で独習する。1945年、わずか17歳にして「キリストの磔刑」を描く。これは後にパリ国立近代美術館に収蔵されることとなる。1946年青年画家展サロン・デ・モアン・ド・トランタンでデビューする。1948年第1回クリティーク賞を受賞し、たちまち評論家の注目するところとなる。1952年、一大連作「受難」を発表。1955年、雑誌「美術知識」が企画した「戦後画家10傑」の指名投票で第1位の栄誉を担いさながら若き巨匠であった。モノクロームの色彩と鋭い描線は、人間存在の不条理を暴くかのようであり、その赤裸々な表現は、世界各地のコレクターたちの垂涎の的となる。
1973年には静岡県三島市にビュッフェ美術館が誕生。生存中に自作だけの美術館ができるというのは、異例中の異例である。
傷口の如く研ぎ澄まされた神経質な描線、悲劇的でいかつい様式と乾き切った虚無、錆びた沈黙と詩情。早すぎた成功と批評されつつも「20世紀の証人」と言われるまでに、彼の作品は驚くべき大衆性を獲得した。いかに現代絵画の潮流が変化したとしても、彼は、いかなる時代にあっても我々にビュッフェは常にビュッフェであるということを確信させてくれる数少ない作家の一人である。